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About

1984年生まれの小山航平は、自作の暗室でフィルムをフィルムに印画・複製するアナログフィルム合成の手法を用い、ゼラチンシルバープリントにて作品を発表している。
大学卒業後すぐにその才能を南條史生(現・森美術館館長)に見出され、「写真新世紀 2008」優秀賞(Canon主催)を受賞。
2012年にグループ展「PhotoEspaña Asia Serendipity」(スペイン・マドリッド)に出展、ヨーロッパでも注目を集めた。
世界各地の風景を重ね合わせることで生まれた小山の作品には、場所も時間も特定できないような、存在自体が靄に包まれたような幻想的な時空が流れる。
どんな場所でも撮影できる体力と生存技術を学ぶために1年間自衛隊に入隊していたという異例の経歴を持ち、生と厳密に向き合い続ける小山。
理想郷のようでもあり、悪夢のようでもある多面的な表情を持つ小山の作品の魅力とは?

フィルムを重ね、反転と複製を繰り返し紡がれる現実から生まれる「もうひとつの世界」

美しさとは何か。
美しさがある世界とは何か。
その答えのない問いにひたすら貪欲に、小山航平は学生の頃から《フィルムアナログ合成》という手法で一貫して作品制作を続けている。
フィルムアナログ合成とは、フィルムに複数枚のフィルムの画(え)を焼き付ける手法である。
ベースとなる画が写ったネガフィルムを引き伸ばし機にて8×10のモノクロのフィルムシート(ネガ)に印画する(この時点で印画されたネガフィルムはポジフィルムとなる)。
次に、他のフィルムに写る一部を覆い焼きするなどして、先ほどのフィルムシートに再び印画し合成する(この時点でポジフィルムがネガフィルムへと反転する)。
この一連の合成とネガ/ポジの反転と複製を繰り返し、最終形となるフィルムを生成、銀塩の印画紙に焼き付け、作品が完成する。フィルムからフィルムへの反転と複製による合成には、陰画/陽画及び像の反転のコントロールやコントラストの強弱、粒子の粗さの調整など、手作業による緻密な計算を要する。勿論、完成形となるフィルムが暗室にて合成/生成されたのちも、百以上に及ぶ工程数のプリント作業が連日暗室にて行われる。

暗室での「見えない」時間から生まれる想像力とアナログゆえの失敗がたどり着く境地

《フィルムアナログ合成》は写真が本来持つ「複製できる媒体」という特性を存分に活用した手法とも言えるが、Photoshopなどで簡単に画像編集ができる昨今、デジタルネイティブ世代とも言える小山はなぜあえてフィルムでの合成で作品を制作するのか。

「もちろん、これをデジタルで行うメリットはたくさんあります。今の手法だと作品を撮影し終わってから仕上げるまでに一ヶ月はかかりますが、デジタルだと数日で終わるかもしれないので、死ぬまでに何点作品を作れるんだろうと思ったりもします。Photoshopでやったほうが合成のクオリティも上がるでしょうし。
 でも、モニター上で見ながら切り貼りしたりトリミングしたりすると、今自分が見ているもの以上の発想力って膨らまないような気がするんです。見えないからこそ、発想が膨らむ。本当に最終的なイメージの見え方、プラス、アイデアをどれだけ膨らませていけるかというところが、デジタルとの違いかもしれません。」

想定内の便利さではなく、無限の可能性を秘める暗室作業を小山は選び、日々身を投じている。

「自分の頭の中でイメージを作り、『こんな映像を見たい、こんなカットが欲しい』と思い撮影に臨みますが、撮影の段階でもフィルムを現像しても、実際に写っているものは見ることができない。コンタクトシートになって初めて正像を見ることができるので、撮影から実際に時間がだいぶ経つんですね。その間にどんな画(え)が写っているのか、想像が膨らみます。そして、暗室での作業の中で、像が焼きつけられながらも何も写っていない印画紙を手で持ちながら『どんな仕上がりになるんだろう』と、暗がりのもとまた想像する。そして想像がどんどん洗練されていくんです」

また、失敗があることで、予想していなかった発見もあるという。

「手が動いてしまい、予定していた合成作業ができなかったのに、実際に現像されたものを見てみたら面白かったりします。自分の頭の中にあるイメージをどれだけ視覚化できるかを常に求めているんですが、失敗が起こることによって、偶然の面白さが出てくるんですよね」

そう小山は語る。

貪欲に生に挑み、貪欲に美しさを求める小山が生み出すファンタジーと現実のあわい

小山は写真家になるために大学卒業後に陸上自衛隊に入隊したという異例の経歴を持つ。見たことのない世界に行きたかった、という。

「作家になるためにお金を貯めたいというのもありましたし、作品の撮影のために山やジャングルに行くこともあるかもしれないので、地形把握や地図を読むスキル、どんな場所でも生存自活できるスキルを学びたかったんです。」

生存自活とは陸上自衛隊の訓練用語であり、食べることのできる動植物の知識や判別法、調理法などサバイバル技術を学ぶ訓練を指す。小山は写真新世紀の優秀賞を受賞するまでの1年間、ある意味特殊な環境にいた。

最新シリーズ《白夜夜行 the second ring》のメインヴィジュアルは、2011年に西表島の沈船を写した写真と、2017年にニュージーランドで撮影された写真など、数点の写真が合成され7年がかりで生まれた。

先ほど述べたフィルム合成のプロセスはもとより、撮影の段階でも相当の算段を要することは想像にかたくない。
朝なのか夜なのか、どの時間帯、どの場所で撮影されたのか―そのものの由来自体が靄(もや)にかかっているような、不思議な時空が流れるような作品はどのようにして生まれたのか。最初の段階である程度出来上がり図があるのか、それともその後から生まれたものなのか訊くと、このように返ってきた。

「3パターンありますね。
一つ目は、初めから頭の中で完璧にイメージを作って、そのイメージに必要な素材を探して撮影しに行くパターン。《無花果の花》と《メビウスの輪》がそうです。
二つ目は、こういう場所に撮影に行きたいなと思って撮影に臨み、実際にその現場、その風景に出会ってあらためて感動して、後でその風景に必要なものを撮影しに行くというパターン。
二つ目は、こういう場所に撮影に行きたいなと思って撮影に臨み、実際にその現場、その風景に出会ってあらためて感動して、後でその風景に必要なものを撮影しに行くというパターン。
三つ目は何か面白いものを撮影して、まずコンタクトシートに落とし込む。それを見ながらこれとこれを組み合わせたら面白いんじゃないかな、と想像しながら作って行きます」

《白夜夜行》のシリーズは、二つ目のパターンだという。

「白夜夜行は、本当に僕が見たい世界、あったらいいなと思う世界を作っているのですが、鑑賞する人にも僕の作品の中に入って行ってもらいたいですね。中に入って行って、さらに想像してほしい。ぼくが作ったイメージはただの入り口なんです。作品の中に鑑賞する人が入って行って、一人ひとりがその世界で遊んでいってほしいですね。」

中学生の頃に写真家になると決めた小山は、子どもの頃、実家の窓から見える空と、生まれては消えて流れる雲をずっと眺めていたという。

「この風景に対してこの空やったらもっと良い風景になるのに、っていう場面がいっぱいあって、自分が望んでるものってパッとそこにあるものじゃないんやなと思ったんですよね。それやったらもう自分で作ろうと思って、それで合成し始めたんです。僕が作っているのは、ファンタジーのある現実の美しさなんです。ファンタジーではなく、ファンタジーの要素を持った、現実の美を作っている」

眼に映るもの、存在するものだけではなく、見えないもの、形をまだ帯びていないものを本能的に察知し、飽くなき探求を続ける小山の生き物としての強さが、ファンタジーと現実とのあわいにある美しさを生み出すのかもしれない。
現実と現実とを刻み、重ねることで生まれた小山の作品は、私たちの現実に潜むもうひとつの世界を浮かび上がらせる。
鑑賞者は、まだ見ぬ世界へとつながる扉の鍵をそっと手渡されたような感覚へと誘(いざな)われるであろう。

text by 鮫島さやか(インディペンデント・エディター)